不登校の始まり

不登校

ゆるく手放す・休むことの大切さ

不登校の子どもと過ごす日々。登校させようと焦っていた私が、手放すことで見つけた「休むことの大切さ」と心の穏やかさ。
不登校

母子登校する私達へ向けられる奇異の目

7年前、母子登校をしていた頃の学校の対応、先生方の対応、スクールカウンセラーからのアドバイス。母子登校の現実は、うまくいったりうまくいかなかったりいろんなことがありました。母子登校を迷惑だと、学校の不登校児に対する理解のない頃の話です。今は、寄り添い、不登校を受け入れる体制も大分整ってきているようです。
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行きたいのに行けない気持ち(弟)

学校に行きたいのに行けない。本当?行きたくないから休む!とはっきり言えたら良いのですが、本人は少しだけ行きたい気持ちが少あるのです。だから葛藤している。時間がかかっても本人が決める事。母である私は口出しをせず辛抱強く待ちます。不登校の朝の葛藤の様子です
不登校

不登校の始まり③娘

不登校の始まり③ 娘は、2年の時からたまに学童保育を行き渋るようになり、小学校3年のあるきっかけを境に教室に一切入れなくなりました。適応障害・母子分離不安・社交不安症・場面緘黙症と診断された娘には、付き添い登校をとても長くしていました。その頃の事を思い出しながら書いてみようと思います。
不登校

不登校の始まり②娘

不登校の始まり② 娘は、2年の時からたまに学童保育を行き渋るようになり、小学校3年のあるきっかけを境に教室に一切入れなくなりました。適応障害・母子分離不安・社交不安症・場面緘黙症と診断された娘には、付き添い登校をとても長くしていました。その頃の事を思い出しながら書いてみようと思います。
不登校

不登校の始まり①娘

不登校の始まり① 娘は、小学校2年の時からたまに学童保育を行き渋るようになり、小学校3年のあるきっかけを境に教室に一切入れなくなりました。適応障害・母子分離不安・社交不安症・場面緘黙症と診断された娘には、付き添い登校をとても長くしていました。その頃の事を思い出しながら書いてみようと思います。
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