こんにちは。中学生の子を育てる母、すももです。
今日は、中学校最後の運動会の日に感じたことを書いてみようと思います。
中学校3年間、それぞれ違った運動会との関わり方
息子は中学3年生です。今年は、中学校最後の運動会でした。
1年生の時は、先生からの積極的なバックアップもあり開会式の行進だけ参加しました。
そのあとはテントで見学。競技には出ませんでした。
2年生の時は、体調不良で起きてくることさえなく欠席。
そして3年生の今年も、参加することはできませんでした。
「最後だから参加したい」という気持ちが、まったくなかったわけではありません。でも、「最後だからこそ苦しくなる」ことも、息子の中にはあったのだと思います。
数日前、先生からのお声がけもしてくださいましたし、前日私からも、念のために息子の気持ちを確認はしました。はっきりとは返事はなかったものの、
当日は特別なやり取りもなく、静かにその日を迎えました。
「最後」という言葉が苦しくなる日もある
中学校生活の中で、これから何度も「最後」が増えていきます。
最後の運動会。
最後の合唱コンクール。
最後の参観日。
最後の卒業式。
周りにとっては最後の思い出になる行事でも、不登校の子にとっては、その場所へ行くだけで大きなエネルギーが必要なことがあります。
私も、本当は見たかった気持ちがほんの少しだけあります。
子どもが友達と話している姿。
何かに一生懸命になっている姿。
家では見られない表情。
そんなものを想像してしまう日もありました。
でも同時に、息子には息子のペースがあることも強く感じています。
「最後だから頑張ろう」と思っても、体や心が動かない日がある。
頭では分かっていても、それは簡単ではないのでしょう。
学校やクラスメイトが一致団結している姿を想像すると、私自身も少し苦しくなるので、その日はなるべく考えないように過ごしました。

運動会に行けなかった日にも、いつもの暮らしがある
不登校の子どもにとって、学校行事との関わり方は本当にそれぞれだと思います。
張り切ってみんなの中心となり、全部参加できる子もいれば、嫌だなーと思いながらもなんとか頑張る子。体調が悪く見学だけの子もいる。
そして、校門までなら行ける子もあれば、家から出られない子もいるのです。
完全不登校のうちの息子も、この3年間で少しずつ形が違っていました。
なんとか少しでも運動会に参加させようと親の私が必死になった日もあります。でも子供の心がついてはこず、お互いとても苦しかったです。
でも、みんなと同じようにキラキラとは輝けなかった日がある一方で、
家で穏やかに過ごせた日や、いつも通り家族でそろってご飯を食べられた夜、何気ない会話ができた時間に私たちは救われるのです。
学校に行けているかどうかだけでは見えないものが、日常の中にはたくさんあるのだと思います。
中学校最後の運動会が終わって思うこと
中学校最後の運動会は、静かに終わりました。
キラキラした学生生活を送っている子供さんたちに比べたら、できなかったことは沢山あります。
運動会の思い出も、仲間との絆も、達成感も経験できなかったかもしれない。
でも、それと同じくらい、ここまで穏やかな気持ちで過ごしてこられた時間が確かにありました。
親としては、どうしても「できなかったこと」に目が向いてしまいます。
でも本当に大切なのは、周りと比べることではなく、その子自身の小さな変化や、安心して過ごせる時間。
少し笑顔が増えた日。
穏やかに会話ができた時間。
無理をせず過ごせた一日。
そんな何気ない積み重ねをこれからも見逃さずにいたい。今はそんなふうに思っています。

